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19. 道具眼モード再考(1)
〜 その意義と応用
- Do-gugan Mode, again. Part 1.


古田一義
2003年01月03日

 2003年、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

 今年はフリーランスとしての活動を始めて3年目に突入します。お陰様でなんとか食べてますが、こちらの活動自体はあまり大きな動きがない。今年はせめて学会発表の1本くらいはしたいものです。欲を言えばこのコラムで書いてるようなことをまとめて、本でも出したいところではあります。どなたか、興味をもってくれそうな出版社でも紹介してくださいませ。

■道具眼モードについて考え直してみる

 さてその学会発表ですが、ノーバス在職中に発表した、人が道具の使いやすさを評価する認知活動「道具眼モード」に関する考察が放置されているのがもったいないと思い、年末のコラムでもToDoとして挙げました。結局昨年中という目標は達成できませんでしたが、正月帰省先のファミレスでまったりと反芻(笑)してみます。

 当時の発表をお聴きになってない方がほとんどだと思いますので、今回は「そもそも、こういう研究が何故必要か。解明されるとどうウレシイのか」について説明し、次回は「おさらい編」として2年前に考えていたことをまとめてみようと思います。そして3回目で、それをどう発展させていったらよさそうかを考察してみたいと思います。

 なお当時の予稿集原稿や当日の発表ポスターのPDFファイルは前コラムにもリンクを貼りましたが、ここにも直リンクしておきます。もしよろしければご利用下さい。
予稿集原稿(A4x2ページ,123KB)
発表ポスター(66KB)

■従来と違ったアプローチ

 σ(^^)はもともと大学院で認知科学を研究してきたので、業務経験に基づいてユーザビリティ評価手法を工夫、改良するという日々の一方で、「道具の使い方理解のプロセス」や「“わかりやすさ”とは何か」といったヒトの認知活動に関心を抱いています。自分達を含め、世の多くのユーザビリティ研究が、現場で困っていることに、ひと工夫を加えて克服するという段階的なアプローチで成されています。そこでむしろ、トップダウン的とも言えるアプローチによって、何かしら抜本的に新しいフィードバックを得ることができるかも知れないと期待したのです。

 

■研究の意義/応用

 とは言っても、研究というものは最終的には何かの問題を克服するために応用されてこそです。この研究では、最終的にこういう方面に応用できたら嬉しいな、と思っていた課題が2つあります。それは、インスペクション評価の教育と、消費者の評価眼の育成です。

・インスペクション評価の教育

 インスペクション評価はユーザ・テストに比べてコスト・パフォーマンスの高い手法ですが、そのスキルの教育については未だに決定的な方法論がありません。たまたまそういう眼を持つ人間が評価業務に就いて仕事を受けるだけでは、世の中のユーザビリティを底上げすることはできません。何か簡単な講習のようなもので、現場の設計者やデザイナーが身につけられるようになっていく必要があります。ユーザビリティ評価に欠かせないものとして確実視されてるものに、「その分野の知識」がありますが、それに関しては設計者自身の方がどう考えても、σ(^^)達のような外部のユーザビリティ屋より上でしょう。ユーザビリティ屋はあらゆる製品分野の仕事を受けるため、製品や技術の知識はどうしても広く浅くなりがちです(今後、ユーザビリティ屋も数が増えてくれば専門化が進まざるをえないでしょうけど)。例えば現在の音声認識技術の制約を知らないユーザビリティ屋が「カーナビはユーザが好きな語彙で発話できるようにするべき」と言ったり、HTMLやJavaScriptを知らないユーザビリティ屋が「このWebアプリケーションではドラッグ&ドロップで直感的な操作性を実現するのが良い」なんて“理想”をブチ上げたところで、開発陣は「はぁ、まぁ、ねぇ...」と言うしかありません。適切なユーザビリティ改善提案には膨大背景知識が不可欠で、それにかけては技術者やデザイナーに勝るものはいないのです。彼らに評価の知識や「自分達にとって当たり前のことが、ユーザには違う」といった基本的な姿勢を簡単に身につけてもらうことができるようになれば、なかなか独立した評価プロセスを開発工程に組み込めない現場でも、そこそこ使いやすい製品を作っていくことが可能になるはずです。

 もう少し卑近な例を挙げると、会社に入ってきた新人達を一人前のユーザビリティ屋に育てるために、こうした手法論が必要でもあります(σ(^^)は身分こそフリーランスにはなりましたが、嘱託としてそういう取り組みも継続してます)。

・消費者の評価眼育成

 もうひとつの、消費者の評価眼育成というのは、まさにこのサイトや使いやすさ研究所の主旨でもあるところです。今よりもっと多くの物作りに携わる企業や人に、今よりもっとユーザビリティ向上に取り組んでもらうためには、消費者の側の関心も高めていかなければなりません。どんなにデザインが良くても、使いやすさが両立されていなければ買わない、などといった考え方が広まっていかないと、「ユーザにウケるものを作る」ことを第一義とするメーカーは動きません(動けません)。これには単に興味を持たせるという意味での啓蒙では充分ではなく、店頭やカタログで製品の使いやすさについてザッと評価が下せるようにならなければなりません。デザインや性能、コスト・パフォーマンスを評価するのと同様に、それができるようにならないと、いくら関心があっても仕方がないのです。

 あるユーザビリティ会社(^^;)は、製品の使いやすさについて評価軸を設け、消費者がひと目で判断できるようにしておくことを目指しています。気の利いた量販店などで、プライスタグと一緒に、物理サイズや消費電力、付加機能の有無などの表が掲示してあるのを見かけますが、あれと一緒に「これは使いやすさ五つ星、こっちのは三つ星」のような指標をつけておこうというワケです。ただσ(^^)はそれはあまり上手く行かない気がしています。ひとつにはそういった定量化をするには“使いやすさ”という軸はあまりにも複雑だからです。できるかできないかでいったら「できる」んでしょうが、その妥当性は甚だ疑問です。もうひとつの問題は、使いやすさには製品単独で決まるものではなく、その使い手との相互作用の中で決定されるものである点です。重さ150gのPDAは誰が持っても150gですが、使いやすさ75点の製品は誰にとっても75点ではあり得ないのです。見る側の好みや設置場所と相互作用する美観的デザインの評価がやはり定量化できないのと同じです。使いやすさの評価では更に、既有知識及びスキル、使用目的、身体的障害といったパラメーターが関与してきます。それを星1つから5つで定量化するのはあまりにも乱暴でしょう。結局、消費者がケース・バイ・ケースで自分のコンテクストに照らして評価をするしかないのではないでしょうか。

 ただ美観的デザインは店頭でモノを見れば、自分の好みや設置場所にマッチしているかを評価することはそう難しくありません。目に見える事実がほぼ全てだからです。しかし、使いやすさはそうではありません。定量化が難しい上に、パッと見で評価することもできないのです。これでは消費者が使いやすさに関心を持ったとしてもどうしようもありません。道具の使いやすさを短時間で、実際の使用場面に置かずに効率よく評価する、これってそのままインスペクション評価ですよね。そんなスキルを消費者に持たせたり、それを促進する状況や情報を店頭やカタログ紙面、Webページに提供していくことが必要なんではないかと。

■そんなワケで道具眼モードなんです

 どちらの課題も対象やレベルこそ違えど、簡易なユーザビリティ評価スキル、すなわち当プロジェクトが“道具眼”と命名したモノの教授法を知ることに他なりません。そして効率的な教授法を開発するための基本的なアプローチとして、妥当な評価ができた時のプロセスと、そうでない時のプロセスを解明し、その差を埋める方法を考えるのが妥当でしょう。より具体的には、ユーザビリティ屋と呼ばれる人達の評価プロセスと、そうでない人達の評価プロセスの違いの比較から手を付けるのが手近ではないかと考えました。ただ、より認知科学的、状況論的な視点で眺めると、単にある人はそのスキルを持ち、別のある人は持たない、と考えるのは適切ではありません。車の運転にしろ、絵のスケッチにしろ、本来スキルというものは「できる/できない」の二元的なものではなく、もっと連続量のようなものと捉えられます。ユーザビリティ評価を生業にしているσ(^^)のような人間でも、時と場合によっては良い評価をできないことがあります。正直、ついデザインや値段に吊られて買ってみて、後で「なんじゃコリャ!使えネー」と思うこともしばしばです。そこで、単純に「道具眼を持っている人といない人がいる」と考えるのではなく、「道具眼が鋭敏になっている状態とそうでない状態がある」というアプローチとし、その状態を“道具眼モード”と呼ぶことにしました。もちろん、人によって道具眼モードの質やレベルにも差はあるでしょうが、そこを掘り下げるのはもうちょっと後にして、当面、そういうモードは何をきっかけに活性化されるかを探ってみようかと。そこから、人が道具をデザインしたり、選んだりする時に、「そういえば使いやすさについてはどうかな?」と思わせるキューイングができるようになれば、随分と事態は良くなると思いませんか?まず興味やモチベーションを持ってもらえれば、そこから先はやりようもあろうかと。

 そんな考えが、当時の研究の発端でした。

(つづく)


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