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15. 興味の解像度
〜 設計者とユーザの理解の差をイメージとして捉えやすくするメタファー
- Resolution of Interest


古田一義
2002年06月05日

 まず初めにおことわり。この言葉は、広くユーザビリティ業界一般に使われている概念、用語ではありません。古田が言い出しっぺ、道具眼発の概念です(同時多発的に他でも使われている可能性はありますが)。別段、何かしらの権利を主張するワケではありませんが、専門用語だと思って余所で使うと通じないかも知れないという点をおことわりしておきます。でも、説明を聞けばそれなりに直感的に受け入れられるメタファーだと自負していますので、ちょっと紹介してみたいと思います。

 道具眼プロジェクトでは、設計者とユーザ、あるいは属性別のユーザ間の知識や意識の差を「解像度」というメタファーで捉えることは、設計者やデザイナーに自分たちが開発した商品が、自分達が思うほどユーザにとってわかりやすくないことを理解してもらうのに有効だと考えています。技術者の方には「分解能」という言葉も直感的かも知れません。

 スキャナなどで写真などを取り込む時のことを想像してみてください。詳細が微妙に異なる2枚の写真を、解像度の異なるスキャナで取り込むとしましょう。充分な解像度/分解能を持つスキャナを使用すれば、細部まで精密に取り込むことができるので、取り込んだ後のデータにおいても、元の2枚の写真の違いを弁別(違いを認識)することが可能です。しかし、充分な解像度を持たないスキャナの場合、取り込む時点で詳細は「ツブれて」しまい、データでは元の写真の違いを判別することはできなくなってしまいます。

 これと同じことが、人間(厳密には生物一般)の認知に関しても起こりえます。もちろん、視る人の視力の差異によっても生じるのですが、もう少し高次の認知処理段階でも、より動的に発生しうるのです。なぜなら人間には「注意」というものがあるからです。心理学や認知科学の長年の研究で、人間はある特定の対象に意識を向けることで、一時的に認識精度を高めることができることがわかっています。また注意の資源は有限で、ある対象に注意を向けることで、他の対象への注意は散漫になり解像度が落ちてしまうことも明らかになっています。これは視覚以外の感覚はもちろん、思考、読解などの認知能力や、手足、発声などの運動機能にもまったく同様の現象が認められます。感覚的、運動的なことに関しては、皆さんの日常生活の中でも思い当たる節はたくさんあるのではないでしょうか。

 では、このことが、ユーザビリティにどう絡んでくるのでしょう?まず大切なのは、ユーザは、開発者ほど製品に興味や注意を向けていない、ということです。熱心な開発者は毎日寝ても覚めても製品のことを考えています。細部にまでこだわりを持って設計していますので、ライバル商品との微妙な差異も熟知していますし、例えば「Eメール」と「ショートメール」の違いも当然明確に把握しています(携帯電話の開発者の場合)。しかしユーザはそうではないのです。ユーザの日常生活において、携帯電話はほんの一部でしかなくて、他の色々なことに注意を向けなければなりません。そういった中で、ユーザの携帯電話への興味の「解像度」は開発者のそれよりも随分低くならざるを得ないワケで、より少ない注意資源で製品を理解して利用することになるのです。「概ね同じものを見ているが、詳細までクッキリハッキリ認知されているワケではない」という点が解像度メタファーのポイントです。これは主に、類似した2つの概念や見えや使途の違いを認識できるかどうか、に関わってきます。

 例えば、開発者には明確な「適用」と「終了」というボタンで、それぞれを押した時の入力済みデータの扱いやその後の挙動の違いが、ユーザにはわからないかもしれません。

 例えば、緑色のLEDの点滅がゆっくりな時と素早い時の2通りあることを、ユーザは気付かないかもしれません。

 例えば、携帯電話の留守番電話サービスと伝言メモ機能では通話料の要否や利用可能な条件の違いも、ユーザは知らないかもしれません。

 例えば、デジカメの画像が明るすぎると感じたユーザは、オートを切って露出を手動調整する代わりに、液晶の明るさを調整しようとするかもしれません。

 当サイトでは、道具眼ユーザビリティ・パターンの名で、ユーザビリティ上の典型的な失敗例に名前をつけて分類、整理する試みを提案しています。そこでいくつかのパターンを考案してみたところ、「類似した2つの概念や見えや使途の違い」をユーザに認識させる工夫が足りないために起こっているものが多いことに気付きました。その点からも、やはり開発者は自分が明確に違いがわかっていることでも、ユーザがそれを区別できるとは限らない、ということを念頭に置くことは重要で、その為のわかりやすいメタファーとして「解像度」という表現はイイんじゃないかな、とちょっと自画自賛してみたり。


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